ウロボロスの輪 ― Ouroboros Ring ―
「対を成す電子のプラスとマイナスは、片方が観測されるまで決定しない。――つまり、真実は確かにひとつかもしれないが、それは君が発見するまで真実ではない。君という、観測者がそれを決めるまで、真実は確定しない」 「…詭弁だ」 「まあ、そうかもね」 探偵が押し殺した声でそう返せば、怪盗は戯けたように肩を竦めた。 「謎は、謎のままにしておいたほうがいいこともある」 純白の衣装に身を包んだ怪盗は、凛と涼やかなテノールで歌うようにそう告げると、唯一視認できるシルクハットの下の口角をニヤリと上げた。 「違うかな? 探偵くん? いや、工藤探偵?」
この怪盗は、数時間前には昼の日射しの中で、怪盗ではない姿で、子供達に囲まれていた。それらの子供達には少年探偵団のメンバーも含まれていて。 指先から次々と紡ぎ出される、ささやかな、しかし明らかに上級で上質のマジック。 そして、次々投げかけられる子供達の奇想天外な疑問に、淀みなく答を示す。 黒に赤いラインが印象的なリーボックのスニーカーと、ナイキのキャップ。グレーのパーカーの下には、黒の学ラン。 ソイツは、明らかに怪盗とは違う朗らかな笑顔で。しかし何処にでも居そうな高校生の、陽気な気配の下に夜の匂いを忍ばせて。 「俺、黒羽快斗って言うんだ。ヨロシクな♪」 などと、学生証までも見せて勝ち誇った笑みで言い放った。
「どういうつもりだ? お前の謎は、俺が暴くって言っておいたはずだ…」 数時間後。例によってまんまと警察を出し抜いて、狙いの宝石を手にした怪盗の前に立ち。鋭くそう問えば。 「んー? 俺だけが一方的に知っているのも不公平かと思ってさ〜♪ クドウシンイチ君?」 怪盗は意地の悪い笑みを浮かべたままで、ケケケ…と愉しげに嗤った。 「ふざけんじゃねぇ!」 こんな会話の時にすら戯けた態度の怪盗に激高する。 「何処の世界に探偵に自分から身元まで正体曝す怪盗が居るんだよっ!!」 「少なくとも、此処にひとり居るな♪」 苛立たしげに怒鳴る声にも怯まずに、怪盗は尚も愉しげに自分を指差して再び嗤った。 「『素顔を曝す前に、中身を知る』ってか? 残念だったな〜? 先に素顔見ちまったし、正体知っちまったもんな〜〜?」 「……お前の正体を、工藤新一の名前で警察に通報することも出来るんだぞ…?」 負け惜しみのようだ、と。自分でも思った。 違う。そうじゃない。彼の謎は、自分の手で暴きたかった。正々堂々と、真っ向からの勝負で。怪盗もそう思っているのだと、そう信じていたのだと、今更気付いた。その事実に愕然とした。 「残念ながら、それは無理だな。例えお前が『怪盗KIDの正体は黒羽快斗だ』と通報したところで、俺は絶対に捕まらない。――知ってるか? 指名手配されるような犯罪者は、二流なんだとよ。一流の犯罪者は、犯罪者であることすらも誰にも気付かせない。犯罪そのものすらも、巧妙に隠匿する」 月光を逆光にした怪盗の、唯一視認できる口元に酷薄な笑みが刻まれる。 「でもな? 超一流の犯罪者は、正体が分かっていても捕まらないんだぜ? お前は絶対に俺の正体を警察に通報しない。そうだろ? 工藤探偵?」 言外に『ジョーカー』をちらつかせ。
「お前の思うとおりには、してやらねーよ…。何一つ」
残酷で、綺麗で、壮絶な、その笑み。綺麗なよく響くテノールが、歌うように風に乗って耳朶を打った。
「『俺』を忘れちまった、お前にはな…」 「な、に…っ!?」
ボソリと。獰猛な笑みと共に紡がれた最後の一言。 どう言うことなのかと問いかける前に、怪盗は既に音も立てずに対峙していた屋上から飛び立っていた。
2004.11.29 GUREKO
タイトルの「ウロボロス」は互いに尻尾を銜え合って輪になっているウロボロスから、ジョーカー(正体)を握り合うふたりの関係…みたいな(曖昧ヤメレ) |
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