― ファイアーウォール ―
※ぶっちゃけ何気にエグいネタなので、お食事中などは御覧にならないほうが宜しいかと…。そしてエグい系ネタ苦手っぽい方もお読みにならないほうが宜しいかも…と、予め申し上げておきます(汗)言っておきますが、一般的な猟奇表現とは違う意味でのエグい(汚い?)話です(´▽`; 覚悟完了された勇者サマはどーぞ↓
しんと冷えた深夜の薄暗い廊下には、先ほどから洗面所から漏れ聞こえるザーザーという水音が続いていた。 激しい音を立てて淡々と排水溝に流れ込む水音の合間、時折アクセントのように苦しげな呻き声と咳き込むノイズが紛れ込む。 探偵はその深夜の不協和音を、洗面所から少し離れた、暗いリビングにあるソファに腰を下ろして、じっと聞いていた。 薄闇のなかで座り込む探偵の、打ち捨てられた人形のように青白い面が、激しい水音の合間に怪盗が苦しげに嘔吐(えず)く音を拾うたびに、一瞬苦痛に歪む。
探偵に抱かれた後の怪盗は、必ずと言っていいほど行為の終わった後に嘔吐した。 閨で探偵が怪盗へと注ぎ込む、精液を代表とする物質的あらゆるもの。あるいは、愛撫や愛情などの目には見えぬもの。それらのすべてが、まるで異物でもあるかのように、毒物でもあるかのように。怪盗の身体は、探偵との「行為」を激しく拒絶し拒否する。 侵入を試みるウイルスか、はたまた検出されたウイルスとおぼしき異物の悉くを、中身も確かめずにひたすら自らのプログラムに沿い、躊躇のない劫火で焼き払い駆逐するファイアーウォールのような激しさで。
怪盗を丹念に愛し、その身を抱いて眠りに落ちる。 ようやく取り戻した本来の姿と名で、小さな子供の手足でなく。まだ成長過程にあるとはいえ「男」としての機能を持ち、相手を抱き締めることの出来る「工藤新一」として、かの怪盗をこの手に抱くことの出来る幸福。例えようもない満ち足りた充実と、なお収まらぬ昂揚。 その至福が表面上だけの仮初めと、初めて気付いたのはどれほど以前のことだったか。 ベッドの上で戯れ合い熱を交わし睦み合った後の、気怠く心地よい微睡みから、偶然ふと目覚めた。その明け方から、探偵の苦悩は始まった。 腕のなかに居るはずの怪盗の不在。傍らには彼の温もりや名残などはなく。何故かどうしようもない不安と焦燥に駆られて、今となっては独り寝には広い自分のベッドを降りる。 そうして探偵は、怪盗が黎明もまだきの暗く冷たい洗面所で、ひとり嘔吐いているのを知った。
「――それ以上、今の私に近付かないで下さい」 驚愕し駆け寄ろうとした脚は、しかし大理石の洗面台に手をつくことでようよう立っている怪盗の、背を向けたまま放たれた尖った気配と声に、無惨にも打ち砕かれた。 「今の私は、例えあなたの気配でも疎んじてしまう」 吐き出された言葉の鋭い切っ先と、その胃液に灼かれた痛々しいほどに枯れた声に、思わず踏み出す脚が竦んだ。月下で対峙する時以上に研ぎ澄まされ鋭い冷涼な気が、それ以上の接近を牽制するように、圧倒的な強さで周囲を満たす。 凍り付いたように動けない探偵の前で、怪盗は酷く気鬱げな緩慢な動きで、一目でそうと知れる蒼白な顔を上げた。嘔吐のために生理的に潤んだ群青の瞳が、激しい水量に濡れ、頬に張り付く長い前髪の隙間から、鏡越しに背後に立ち尽くす探偵を捕らえる。 もう一度小さく咳き込んでから、怪盗は紫色になった薄い口元を、色を失い陶器のように見える整った手で拭った。 そうして、機械仕掛けの人形のようなぎこちなさで、困ったように微かに微笑む。 「名探偵には、要らぬご心配をお掛けして申し訳ないですが……これは、あくまで私の個人的な問題ですので」 ポーカーフェイスに程近い、奇麗な笑みを浮かべ。そんな一言で探偵の追求を一蹴する。
「あなたにはきっと、ご理解できないことでしょうが。そも、『怪盗』である私にとって、『探偵』であるあなたは本来相対し対峙し忌避するべきもの……。如何に私の感情があなたを希求していようと、長らく闇に馴染み汚れたこの身となれば、眩い光に無意識に怯え身構え、頑なに「それ」を排除しようとしてしまうのです」 ――さながら、ファイアーウォールの如く。 「ましてや、あなたはつい過日に『江戸川コナン』から『工藤新一』に戻ったばかり……。両者がイコールであると頭では理解できていても、この呪わしい身体は知らぬ温もりを、馴染まぬ感触を酷く警戒してしまうのです」 ――ですから、如何にこの身体が、事後にあなたの吐き出した欲を厭い拒んだとしても、努々私の想いだけは疑って下さいますな。 怪盗は、嘔吐の後の嗄れ潰れた声と鏡越しの潤んだ瞳で、そんな甘い毒のような言葉を放った。
「お前がそうやって、ひとりで苦しむのは厭なんだ」 何度、探偵がそう嘆いても。懇願しても。怪盗は探偵を求めることをやめない。 そして実際、抱いている最中には、彼は酷く扇情的に情熱的に、探偵の腕でどこまでも乱れ悶え啼いてみせるのだ。 「よもや、私の気持ちをお疑いになっておられるのですか? それとも、このように手の掛かるばかりの身体など、もはや抱くのは面倒になりましたか?」 ポーカーフェイスよりも性質の悪い、憂いを込め。そんな一言で探偵の決意を一掃する。
「お前ひとりの問題じゃない。俺にも関わることだろ」 何度、探偵がそう言っても。問い質しても。 「あなたには、どうしようもないことです。あなたには、改めるべき非は何ひとつない。すべては、私の不徳の致すところゆえ」 と、困ったように笑うばかりで。 ――あなたに出来ることなど、何ひとつ無いのだ。と、言われているような気がした。
そうして、今夜も彼は探偵の腕のなかで散々乱れた後に、含まされた毒物を吐き出そうとでもするように、洗面所でひとり咳き込み吐瀉する。 それでも小一時間ほどもすれば、成す術もなく置き去りにされた子供のように、闇のなかでただ蹲る探偵の元へと戻ってくる。「この処はこの頑固な身体も、ようやくあなたに少しは慣れてきたようで、随分ましになりました」と苦笑して。
怪盗は嘔吐をするようになってから――探偵に抱かれるようになってから。仕事の夜には食事を絶ち、始めから胃を空にして屋敷にやってくるようになった。 止まぬ吐き気に空の胃袋が吐き出すのは、もはや胃液くらいしかない。自らの体内の酸に喉を灼かれることで、情事で嗄らした声を翌朝より痛々しいものに変えながら、それでも彼は探偵の向ける欲を、劣情を自ら求める。 元々余分な肉など着いていなかった癖に、月夜のたびに徐々に痩せていく身体。抱くたびに、儚く薄くなっていく肢体。 まるで、欠けていく月のように。
――怪盗が戻ってきたら、空の胃袋に優しい、蜂蜜入りのホットミルクか暖かい葛湯でも用意してやろう。そうして、今日は昼過ぎまで彼を抱き締めて、ふたり怠惰に微睡もう。起きたら、ブランチがてら散歩に出るのもいい。それとも、今日は家でチェスでもするか。 不吉な思考を振り払うように、目を逸らすように、この後の予定を指折り数え。 探偵は革張りのソファの上で、迷子の幼子のように膝を抱えてじっと闇に目を凝らし、耳を澄ませて座り込んでいた。
陽はまだ無窮の最中。冷たく暗い闇のなかで響く、ザーザーと激しい水音はまだ止まない。
QUIT. 2006.2.22. GUREKO
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