× 闇色紳士的20題-13 ×
「同等に愚かなモノなのだよ」
※パラレルDEATH。 遠くで、ドォ…ンと砲台の音。 すでに城攻めも終盤だ。 次々と周囲に打ち込まれる砲弾に灰色の土煙に隠された王宮の内部では、先行で潜入した新一配下の兵を前に次々と官僚や貴族たちが捕縛され、あるいは粛々と投降している頃合いだろう。 神世の時代から脈々と続くと嘯く己の高貴な血流を旗印に、我こそは正当な世界の王なりと周辺国に喧嘩を売りまくった国王の名の下、無謀なまでの長い戦役に疲弊した国民たちも、これでようやく解放される。自国敗戦というカタチではあるが。 圧倒的な軍事力と国力の差も認めずに、一方的に売られた喧嘩。ふっかけられた側としては、自国を守るための戦だったとはいえ、何とも後味の悪い話だ。正直、新一にとっては、迷惑以外の何ものでもない。 「隣の芝生が青いと羨み僻む暇があったら、自分の芝生に水やりのひとつでもすればいい」 統治制度という機構でその統治者が愚かであるということは、国を国として機能させるために一番大切なはずの国民の意思も命も無視して、それだけで国を滅ぼす原因となる。――この国のように。 過去の栄華に溺れ、己の出自に酔いしれ、自国を潤す努力を怠ったかつての大国。周囲の新興国家が次々と国力を上げ、自国よりも豊かになっていくことが、この国の王にはそれほどまでに許せなかったのか。過去どれほどの栄華を極めていようと、驕り高ぶることなく他国同様の努力を怠らなければ、どんな国も組織も、やがては熟れすぎた果実のようにどんどんと内側から腐るだけだと理解できなかった王。 「まったく……だから、嫌なんだ」 制圧されていく町並みで、群衆の疲れ切った空っぽの表情のなかに微かに安堵のような諦観を見付けて、気分の重くなったのは数日前のこと。そこまで疲弊してしまった国を、民を。迎え撃つという甚だ受動的な立場であったにもかかわらず、こうして制圧してしまった以上、これから自分が復興させなくてはならないのだからやっていられない。バカな他人の尻拭いなど、誰が好き好んでしたがるというのか。 ああ、まったく。愚かな統治者ほど、腹立たしいものはない。 * * * (何だ、コイツ――) 新一がそう思ったのは、無理もないことだった。 身に付けている衣装は、明らかに最上級の生地をこの上なく丁寧に、一流の手により縫製されたと分かる代物。頭部から被さる、これまた上等の薄い紗布が、まるで花嫁のヴェールのようにその口元以外を覆い隠している。足下を包むのは傷みひとつ無い、柔らかで軽そうな革の靴。最高位の祭司にこそ相応しいような、全身を覆う汚れ無き純白。 しかし、それでいてその豪奢な衣装は、間違いなく囚人の纏うべき『拘束服』なのだ。封術を施され、鉄格子の填められた窓から差し込む麗らかな午後の日射しが、それらの純白の装束にびっしりと施された、細い銀糸の刺繍をキラキラと浮かび上がらせている。一見すると単なる装飾のように見えるその刺繍の紋様が、纏う者に対するやはり高度な拘束の術式だと分かるのは、新一自身がそれらの術式に慣れ親しんでいるからだ。 「このような居住まいで失礼」 傍らに控えた品の良い老人の恭しいまでの介添えを受け、上質の皮のソファに深く身を預けたその人物は、この上なく上等の衣装に両腕を拘束されたまま、辛うじて見える口元に微苦笑を湛え軽く肩を竦めて見せた。すっと伸ばされた背筋。優雅に組まれた足。凛然とした涼やかな声音。その様は、まるで病症の貴人が、見苦しい姿を恥じ入っているかのようなもので。衣装やソファに留まらず、天井も高く広さを誇る快適そうな室内と、周囲に配された趣味の良い調度品の数々。王宮の奥深くに隠されたように聳えるこの塔の、度を超したような警備と結界、そして全ての窓にある鉄格子と封印がなければ、貴賓室と言われても不思議に思わないだろう。罪人を捕らえると言うよりも、むしろ決して代替の効かぬ貴人を守る厳重な砦のような印象を受けた。 通常、この世界の殆どの国では、ごくごく軽い、それも情状酌量の余地のある罪人の場合には、指定された区域での労働によってその罪を清算する。それ以外の『凶悪』であると認定された罪人は、全ての記憶の抹消と偽りの記憶の上書き処理をされ、他国へと追放される。更に、確保が難しい状況の場合はすみやかにその場で『廃棄』されるのが常だ。 罪人を養うために血税を使用するという無駄を省くための、ごくごく合理的かつシンプルなそのシステムは、この国だけでなく、世界中にごくごく当たり前のこととして認知されている。おおよそ後進国、蛮国と呼ばれる辺境の小国であっても、そのシステムは行き渡っていると言って良い。少なくとも「世界的に高名な賢者と呼ばれる人種と並んでも遜色無い」と周囲に讃えられ、実際にかなりの知識量を誇る新一の知る限りでは。 だから、本来なら目の前の人物のような存在は、あるはずがないのだ。 考えられる可能性のひとつは、その人物が期間の決まった労働によって贖われる以上の罪を犯し、しかし記憶抹消や、ましてや抹消などという処理を受けさせるわけにはいかない、重要人物だということ。 しかし、それほどの扱いを受ける虜囚の犯した罪状は? そして正体は? 「どうぞ」 ひっそりと控えめな影のように控えていた老紳士が、新一とその人物の前に慇懃な所作で薫り高い茶を供する。乱入者であるはずの新一にも丁重な礼を尽くす紳士の給仕は、やはり上流階級にこそ相応しいプロの仕草で。その主人らしき人物に対する態度も、実に恭しく敬愛と忠誠を滲ませたもので、間違っても罪人に対するものではない。 (コイツは一体何者なんだ……?) 供された茶器に一瞥もせず、警戒と好奇の視線も露わに見つめる新一に、目の前の不審人物は愛嬌のある仕草で、ことり、と軽く首を傾げた。その際に、顔の半ばまでを覆う紗幕の内側から、しゃらりと小さな金属音がする。 「毒などは入っていませんよ」 笑い含みにそう告げる。 「……っ」 ふわりと眼前の人物の前に置かれたカップが浮き上がる。息を呑む新一の前で、浮き上がった茶器は中の液体を零すこともなく、ふわりふわりと空中を漂いながら、この部屋の主の口元へと移動し――こくり、と薄く形の良い唇が、傾けられたカップの縁から薫り高い茶を嚥下する。 「精霊…だと?」 両手を雁字搦めに戒められた虜囚の不便を補うように周囲を満たす、術式にも魔法にも似て非なるその波動を察知した新一は、思わず思考を声に出し、低く呻いた。 精霊の存在に驚いたのではない。魔法にせよ、術式にせよ、魔力を行使する者たちが精霊の能力を借りることは、珍しいことではない。己自身の精神のみで行うよりも容易く膨大な威力を発揮する精霊魔法は、魔道師の大半が使うことが出来る。あくまでも「それなりの実力と、それなりの代価と、それなりの方法・手順さえ有していれば」という、至極真っ当な但し書きが付随してくるが。 だが、目の前の人物は何も命じることなく『それ』をした。いや、むしろ精霊のほうから勝手にしたように見えた。人の身では及ばぬ強力な魔力を秘め、高貴で尊大で、おおよそ人間に興味など持たないと言われる精霊たちが、目の前の男にまるで媚びでも売るようにその力を行使した。 (有り得ない……!) 「お前は…何者だ……?」 乾いた唇から漏れたのは、掠れた固い声だった。 「昔話を致しましょう」 何処までも静謐で柔らかく、ぞっとするような厳かなテノール。顔の殆どを多う薄布の下から覗いた、形の良い唇が、うっそりと底の知れない微笑みを形取った。 気圧されるような冷涼な空気に、無意識にごくりと唾を飲み込む。 「訓戒話と言っても宜しい、もはや知る人もない遠い過去の逸話を」 王宮の制圧を終了したのだろう。遠くから、兵士たちの誇らしげな勝ち鬨の声が、小さく聞こえた。 * * * 「この国の建国王をご存じですか?」 全身を白で覆った高貴な虜囚は、凛とした涼やかな声音でそう切り出した。慇懃でありながら自信に満ち溢れたその態度に、新一は幼少期の帝王学の家庭教師を思いだした。 「……あー…胡散臭せぇアレだろ? 血と殺戮に植えた獣のようであった魔物たちに法と秩序を与え、魔物に脅かされていた人々に安寧をもたらした、白き闇の魔王……だっけか?」 かつて本能のままに人を襲い、奪い、混沌としていた魔物たち。その本来群れることのないはずの魔物たちに秩序と法を与え、魔物も人も混在する社会を実現させ、最終的には大陸の半分以上の領土を統治したという、伝説の魔王。 彼の前にあっては、如何なる魔法も術式も無効化され、更には誰にも支配できないはずの精霊、その王たる精霊王すらも従わせたという。 「ええ。一部の魔物や魔術師たちには、彼の放つ強大な魔力の波動が、まるで白き闇の如く周囲を塗りつぶすように見えたと言います。そのため彼らはかの王に敬意を払い、白き闇の魔王、または光の魔人と呼んでいました」 その魔王の系脈を継ぐ、という誇りと驕りが、この国の王たちをゆっくりと堕落させ、ひいては国自体を腐敗させた。自国の歴史や伝統を大事にすることは別に良い。しかしそんな過去の、それも国民や周辺各国の人々からの畏敬を集めるために、多大なる脚色と虚飾に彩られた歴史を誇る王族の愚かさは、新一には理解できない。 「かの魔王の絶大なる魔力の前で、決して支配されることのない気高き精霊王までもが膝を折った。そして偉大なる魔王はその命が尽きる前、この国の繁栄を永遠に見守るよう精霊王に託し、それを受けた精霊王は今でも国の守護者として王族のみが知るという王宮深くに在るという……。眉唾もいいところだ。精霊は、どれだけ魔力が高かろうと決して人には屈しない。ましてやその王ともなれば、人間の魔術師如きの配下になど下るわけが――」 「ああ……今の歴史学的には、そういうことになっているのですか」 クスクスと笑い含みでの興味深げな相槌。新一は、己の口にした言葉に、唐突に愕然とした。 (精霊は、本来人間如きに支配されることなど――) そうだ。本来、精霊は決して人間になど支配されたり、ましてや自ら積極的に、人間のために力を使ったりなどは、絶対にしない。 それでは、先程自分の目の前で起こったことは、一体何だ? 「かの王は確かに魔力や魔法、術式、封術の類の、その殆どに影響を受けず、類い希な英知と悪魔のように狡猾な策略を以て、魔物たちに秩序を与えて人間との共存を実現しました。彼自身が巨大な魔法を使用することはありませんでしたが、彼に対するあらゆる魔力の大半が、彼が意図せずとも自動的に無効化された。それこそが、彼がT最強の魔術師UT魔王Uと呼ばれた所以です。そしてそれは、人間など足元にも及ばぬほどに強大な精霊たちの魔法ですら、例外ではなかったのですよ」 「まさか……っ」 今の世にあって精霊王などという存在は、すでに神話の領域だ。かつては人間とほぼ拮抗するほどの数を誇っていた魔物たちも、より高位で強大な者たちを筆頭に、その大半がすでに何処かへと姿を消した。今では人里離れた森や街道を離れた僻地に、魔物と言うよりもむしろ獣と言ったほうが正しいような、大した知能を持たぬ下位の輩が残っているだけだ。 だから。 「そんなはずがない……有り得ない」 呻くように漏れた言葉は、ただ自分にそう言い聞かせるための、説得力のないものだった。 「そう、思いますか? 本当に……? あなた自身、周囲からかの王と同様の魔力を持つと、白き闇の魔王の再来と呼ばれているのに? この場に至るまでの通路に張り巡らされていた、私の存在を秘匿するための過剰なまでの封術と、他者の侵入を阻むための強力な術式のすべてを潜り抜けてきたあなたが、かの王の存在を否定するのですか?」 目の前の人物の纏う、凛とした冷涼で神聖な気配。どこまでも静謐で、清らかな。 そして、先程一瞬垣間見た、おおよそ人間に対するものとは思えぬ精霊たちの振る舞い。 王宮の奥。限られた王族の者たちしか知らぬという場所に、建国王の遺言に従い、千年近い時をガーディアンとして在り続けているという精霊王の伝説。 王宮の奥にひっそりと立つ、この塔。至る所に張り巡らされた強力な封印と術式。新一に付き従っていた精鋭とも言える親衛隊たちは、塔の入り口で阻まれ進むことが出来なかった。新一自身は、何の抵抗もなくここまでやって来たというのに。 在るはずのない、賓客扱いの虜囚。 「お前が……『そう』だと言うのか? 建国の魔王に従っていた精霊王本人だと……?」 「そうだと言ったら……? 尤も、私は別に彼の支配下にあったわけでも、彼に隷属していたわけではありませんが」 「……?」 くすりと小さく笑いを漏らす。頭部を多う薄布に阻まれ口元しか見えないものの、酷く自嘲の気配を伴うそれに、新一は知らず問うような視線を投げていた。 新一の無言の問いを汲むように、目の前の人物は淀みなく言葉を紡ぐ。生徒を前にした教師のように、淡々と、流麗に。 「この世の殆どの精霊たちに愛されたT私Uに対して、何の躊躇も遠慮も無く、傍若無人なまでの奔放さで『触れる』ことの出来る人間は、T彼Uだけでした」 事実を。ただ、事実だけを述べる声音で。 「そして……T私Uという存在を、理不尽なまでの強引さと子供のような頑是無さで求めたのも――」 T彼Uだけだったんです。 そう言った人物の何処までも冷涼で涼しげなテノールが、淡々とした声音はそのままでありながら、ひどく慈しみ懐かしむような響きに聞こえた。そこだけが視認できる形の良い唇は、確かに柔らかく笑みを刻んでいるのに。新一にはまるで、隠された布の下で、見えない瞳は泣いているように感じた。 「支配されたことはありませんよ。ある種、強引で一方的な寵愛は受けていたと思いますが、私は私の意志で、彼の傍に留まっていた」 「……っ」 不意に襲った胸の痛み。現実の傷を伴わぬ不可解な痛みは、新一を困惑させる。見えないはずの、その白に隠された瞳の色を、深さを、何故か知っているような気がした。 「同等に愚かなモノなのですよ。己自身の執着を死して時巡り新たな生を得てもなお、決して揺るがぬ不変のものと確信しながら、私自身の想いは何度告げても信じることの出来なかった臆病な王も。その王が忘れられたくない、喪いたくないあまりに、全ての生あるものたちのただひとつの救済、休息である死すらも取り上げられ、決して死なぬ身体と強大な力を持ち『其処に有り続ける存在』を、怯えながらも崇拝したその後の王たちも。――そして……」 未だにその正体も素顔も確信していない目の前の人物の、その巧妙に隠された哀しみのようなものに、何故だか理解できないままに抱き締めて慰めたいと、理性ではなく心が叫ぶ。 「このような裏切りにも等しい非道を成されても。世界と時に置き去りにされ、終わりの見えぬ長き孤独を抱えながらもなお、狂うことも憎むことも出来ずに、ただ『約束』の果たされる日を愚かなまでに信じ続けて待ち侘びた、この私自身も……」 ――オモイダセ。 「っつ、ぅ…っ!」 自分の頭のなかで聞こえた、己自身によく似た声。叫び。 脳を直接ハンマーで殴られたような衝撃と痛みに、新一は頭を押さえて歯を噛み締めた。 「あなたは本当に、自分勝手で酷い方だ……」 痛みと衝撃に遠退く意識の端で、『誰か』が、泣き笑いのような表情で詰るのが聞こえた――。 * * * 「あなたは本当に、自分勝手で酷い方だ……」 愛している、と。ことあるごとに彼は言った。 例えこの身が滅び、幾たび輪廻の先で新たな生を受けようとも、逢うたびにお前という存在のみを希求する、と。 自分も同じだと応えた。 「そうか」そう言った顔は、日頃の皮肉げな傍若さが嘘のように、子供のような喜びと照れに満ちた笑みを浮かべていた。しかし、彼はそれを一度たりとも本気で信じたことがなかったのだ。 「アイツが、俺のモノになってくれたのは、奇跡みたいなもんだ……二度と無い僥倖だと思ってる」 彼と自分の一番の理解者であった少女に、ただ一度だけ小さく漏らしたという、その言葉こそが彼の紛う事なき本心だったのだ。 だから、彼自身は死ぬことによる忘却を恐れたことはないのに、自分が死んで輪廻による忘却を受けることを酷く恐れていた。 そして何よりも、自分が彼を、彼との思い出を忘れることを恐れた。自らの死期を前に、相手のT死Uすらも奪うほど。 「早く、目覚めて……光の魔人……」 泣きたいような歓喜のなか、意識を失いソファに横たえられたT彼Uの顔を、愛おしげに見つめながら、古に精霊王と呼ばれた高貴な虜囚は歌うように囁く。 そしてかつてのように、理不尽なまでの強引さと傍若さで、自分に触れて欲しい……と。 QUIT.
元が合同誌没ネタ救済だっただけに、あんま闇題チックじゃなかったですね…(⊃Д`)以前焼却炉用に書きかけて挫折した拘束服ネタをね…書きたかったんだと思うのです……(過去のアタシが)
〈お戻りはブラウザバックで〉
2005.9/4. GUREKO
何というか、非常に解り辛い感じで申し訳なく…(^_^;)痴話喧嘩は余所でやれ! 的に、どーしょーもなく傍迷惑な人達。つか、工藤さんが哀れなくらいに乙女つーか、ヘタレっつーか。自分は生まれ変わっても絶対にKID(あー名前出せなかったけど)に惹かれると確信しつつ、でもKIDは生まれ変わったら絶対自分なんて選んでくれないよなー_| ̄|●||| と。んで、生まれ変わった自分が迎えに行くまで、死なないよう、逃げないように厳重に閉じ込めてみました!(単純バカ)傍若無人なまでにオレ様ロードを邁進し、強引に押し倒したりしつつ、愛されている自信だけはどうしても持てないヘタレ探偵…みたいな?(訊くな)
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