× 闇色紳士的20題-12 ×

「貴方を追い詰める」

 

 

乾いた破裂音を聞きながら。

目の前の探偵の浮かべる、驚愕と愕然に彩られた、蒼白の顔を見ながら。

怪盗は「馬鹿じゃねーの?」と、内心で肩を竦めた。

 

――当たるなんて、思っていなかったんだろう?

当てるつもりで、撃っておきながら。

 

着弾の衝撃にも、腿を抉った熱い灼熱にも、散った血痕にも頓着せずに、うっすらと嗤う。

もっと、もっと、傷付けばいい。

実際に撃たれて、血を流しているのは怪盗で。

しかし撃った探偵のほうが、傷付いていることを、怪盗はしっかりと認識していた。

 

――俺なら、避けられる。

そう思っていたんだろう?

 

愕然とした様子で、瞠目したまま、構えた拳銃もそのままで。ただ、蒼白な貌で此方を見つめる探偵を、怪盗は胸の内でひそりと嗤った。

 

じわり。白いスーツを汚す、生暖かい赤。

独特の、錆びた鉄のような血臭が、辺りを漂う。

 

それを、魅入られたように。

畏れ戦きながら、瞬きもせずに。凝視する、蒼。

その瞳は驚愕と恐怖に彩られ。常の鋭さや、苛烈な輝きなどは、もはや微塵もない。

 

「な…んで……」

お前なら避けられたはずだ…と、譫言のような掠れた小さな声が、責めるように唇から零れる。

 

――案外、馬鹿だな。名探偵?

 

気付いていなかったのか?

聡いと言われ、周囲から「日本警察の救世主」などと呼ばれているくせに?

好奇心だの自己満足だので、我が物顔に関わってくる探偵という人種には、本当に反吐が出る。

中森警部のように、それが仕事というのなら兎も角。

窃盗に興味はない。自分の興味を惹くトリックにだけ。探偵は目の前の謎を解くだけ。あとは警察の仕事。

得意満面な探偵の言い草に、どうしようもなく苛々した。

それは、ただの傲慢だ。我が侭な子供が、美味しいところだけを、楽なことだけを、自分のしたいことだけをするのと、全く変わらないのだと、どうして気付かない?

 

窃盗に興味はないけど、俺の暗号には興味がある? KIDだけはこの手で捕らえる?

――下らねぇ…。本当に、下らねぇ。

誰が、お前になんか捕まってやるもんか。――捕まってやらない。お前にだけは、絶対に。

 

「……っ」

 

込み上げて来る昏い嗤いに気を取られ、一瞬、身体が揺らぐ。

ほんの一瞬、撃たれたことを失念してしまっていた。

 

その瞬間の、探偵の表情。瞳。

 

息を呑んだ喉が、ひゅっと小さい悲鳴をあげるのを。

怪盗は確かに聞いた。

 

「……俺は」

 

ビクリ、と。大袈裟なまでに震えた、肩。

言葉を、忘れたかのように、戦く唇。

血の気を、失った、貌。

 

「架空の存在なんかじゃ、無い…生きて、動いて、傷付くこともあれば…血も流す……ただの、人間…だ……」

 

呻くように口にした台詞に。強い衝撃を受けたように、歪む、双眸。

知っているんだぜ? 名探偵…。お前のなかで『怪盗KID』は、既にお前の好きな推理小説と同じように、実在しない存在のようになっている。夢を見ることの許されなかった、あの悪夢のなかで。俺という存在だけが、お前にとって起きたままで見る夢のように、甘美な嗜好品だったんだろう?

怪盗KIDの起こす事件は、陰惨ではないから。

純粋に、楽しんだんだろう? 江戸川コナンは。

 

――だからってな?

――いつまでも、お前のご期待にそってやるほど…お人好しじゃねぇんだよ。

 

遠くから、徐々に近付いてくる足音は、警官隊達のものだ。専任警部の発する、勇ましい号令も途切れ途切れに聞こえてきている。

 

――さあ、残り時間はもう僅かだぜ? 探偵くん?

 

怪盗は、口元に不敵な笑みを浮かべて、近付く喧噪に悠然と耳を傾ける。

手負いとなって逃げる術が無くなり、追い詰められているのはどう見ても怪盗。

だが、実際に追い詰められていたのは、探偵だった。

 

ククッと喉の奥で嗤う。

負った傷など存在しないかのような軽い足取りで、ふわりと跳躍し背後のフェンスに飛び乗った。

「――お、い…っ!?」

囂々と吹き付ける強いビル風。今日は、空を飛ぶことは出来ないだろう。そして、そのことは、眼前の探偵も知っている。

「生憎…誰にも捕まるわけにはいかないんでね……」

問うように向けられた、縋るような視線に、殊更素っ気なく答える。口元には、嫌味なくらいに酷薄な、きれいなきれいな笑みを刻んで。

「……っ」

言外に含ませた意味を悟った探偵の顔が、軋む心の苦痛に歪む。

怪盗は満足げに瞳を眇めた。――そう、そんな表情が見たかった。

 

――なあ、本当に気付いていなかったのか?

――お前、前にも同じ間違いをしたんだろう?

――その傷を、未だに引きずっているくせに。

 

「絶対に……捕まるわけには…いかないんだ」

 

マント。シルクハット。モノクル。

怪盗としての決定的な証拠となる、白を、次々と迷いもせずに剥ぎ取り、ビルとビルとの間。渓谷のように切り立った、深く昏い闇の底に投げ捨てながら。

殊更。ゆっくりと。言い聞かせるように。口にした。

精々、しおらしく。苦しげに。切なげに。哀しげに。

内心は、どうしようもない、この上ないほどの上機嫌で。

 

――ほら。思い出せよ、探偵くん。お前の『罪』を。お前のその愚かな好奇心で、殺してしまった過去の人のことを。

 

怪盗を追い詰める足音が、もうすぐ傍まで近付いていた。

だが。

探偵は、それ以上に追い詰められている。

 

それを、ただじっと眺めていた。観察者のような、酷薄で冷静な醒めた感情で。

 

「……KI…D――」

 

捕らえるためではなく、伸ばされる腕。

それに一瞬、身を強ばらせる。意図的に。僅かな後退。足下のフェンスが、ガシャンと耳障りな悲鳴をあげた。

喪失に恐怖するように、請うように、差し伸ばされた手を。怯えた振りで凝視する。

 

「逃げるな…捕まえないから……頼む、から…逃げるな……KID……」

怯えるように、泣きそうな顔で。赦しを請う罪人のような、懺悔する咎人のような、そんな顔で。震える腕が伸ばされるのを、ただ、見つめていた。胸の内に沸き上がる、強烈な愉悦は綺麗に覆い隠して。本当なら、大声で笑い出したいところだった。

 

――本気で、俺が逃げられないとでも思っているのか?

――この、俺が? この、程度で?

 

「お前を…誰にも捕まえさせたりはしない」

隠すように抱き留められた、探偵の布越しの気持ちの悪い体温に顔を埋め、薄く嗤う。

 

「名…探偵…?」

低く吐き出された真摯な台詞に、弱々しい声と共に驚いたように顔を上げようとすると、一層拘束が強くなる。全て、俺の計算通りに。

 

「絶対に…誰にも渡さねぇ……」

 

祈るような抱擁の与える、不快な体温に僅かに顔を顰める。それでも、恐る恐る…といった様子で、両腕を縋るように探偵の背中に回せば、抱き込んだ腕に更に力が篭もった。

 

 

「名探て――」

「言うな」

 

――追う者が、いつまでも追われるだけだなんて思うなよ?

 

「――もう…何も、言うな」

怯えたように、縋るように、この身体を囲う両腕。誰にも渡さないと、奪われまいと、必死で繋ぎ止める、腕。震える声が、耳朶を打つ。きつく抱き締められているせいで、探偵の苦痛に歪んでいるであろう顔が見られないのだけが、少し残念だった。

絡み付く体温は生温く、気持ちが悪い。それでも、俺はどうしようもない残酷な喜びと、純粋な可笑しさに、心のなかで己自身に喝采を送る。

 

――本気で追い詰めるつもりなら、これくらいはやらないと駄目だろう?

 

迷宮無しの清廉潔白な探偵さん? キミは、どんな犯罪も許さないんじゃなかったのかい?

アンタがその腕に抱いているのは、誰だ?

 

――ほら、捕まえた。

 

 

 

 

QUIT.
2005.3.17. GUREKO


漆黒ではなく、どす黒い悪魔が降臨しました(--;) おかしい…格好いい無敵不敵不遜系の、悪魔のように狡猾な腹黒羽が書きたかったはずなのに(いや、それもどうなのよ?)
「ただの八つ当たり」という感じで…(ぇ)

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