× 闇色紳士的20題-02 ×

「柔らかなベッド」

 

 

鮮やかなブルーのシャツと、染みひとつ無い白のスラックスという軽装備で。柔らかなベッドに俯せに転がり、怪盗は細くしなやかな指で重厚な本のページをぱらりと捲った。

 

「……KID」

「何ですか?」

 

脇から呻くように聞こえた呼び掛けに、視線も向けずに素っ気なく応えつつ、その間もぱらり、ぱらりと紙の捲られる音は止まらない。

同時に、すぐ脇から鳴るカチャカチャという喧しい金属音も。

 

「そろそろ、外してくれる気にならねぇ…?」

絶えぬ音と共に聞こえるのは、やや懇願と焦燥を滲ませた声。それを紡ぐのがかの名探偵と誉れ高い工藤新一のものであることを、少しでも彼を知る者が見ていたのならば、恐らく目を疑うだろう。

あの、工藤新一が。

情けない表情と声音で、誰か(それも相手は本来ならば敵対しているべき怪盗だ)の赦しを請うように、懇願しているなど。

 

「…なりませんねぇ、生憎」

返す怪盗の声は素っ気ない。素っ気なさ過ぎるほどに。冷たくも厳しくもない、本当に気のないもので。それが、逆に痛い。

 

「……悪かったって」

「何がですか? 私をそんなモノで拘束しようなどとしたことですか? それ以前に、無理矢理そういう行為を強いろうなどと企んだことですか? 来た早々、怪しげな薬を盛ろうとしたことですか? それとも…まだ、他に何かやらかしたことでもあるのですか? 日本警察の救世主殿」

すらすらと。立て板に水の如く淀みなく返される淡々とした甘やかで冷涼なテノールに、新一は無意識に額を流れる冷や汗を感じた。

 

数刻前。

「私は『小さな探偵さん』と添い寝することは了承しましたが、『大きな王様』の夜伽にお付き合いするなどとは、言ってませんよ?」

にっこりと。絶対零度の満面の笑みを浮かべた怪盗が、歌うように告げた。怪盗を捕らえるつもりだった冷たい枷で、後ろ手に探偵を拘束して。

 

そりゃあ、確かに。江戸川コナンとして週末に怪盗の夜伽を請うたのは確かで。でも、その時は別に『試験薬を飲む=一時的とは言え工藤新一に戻る』ことを禁止されたわけでもなかった。当然、探偵自身がそのことを、故意に伏せていたのは確かだが。

いつもいつも捻くれた少々痛い愛情で接してくれる怪盗は、小さな探偵の純情を弄んでくれるから。

一度くらいは、逆襲してやろうと思っていた。怪盗にあしらわれる度に常々口にしている『元に戻ったら覚えてろよ?』と言う台詞を実現してやろうと、虎視眈々と狙い続けて漸く迎えた今日この日だというのに…何で自分が自由を奪われて目の前のメインディッシュを横目で見ながら、マグロのように転がされていなければならないのだろうか…。

と、言うよりも。探偵の本当の本心は、一度くらいはこの『つれなくて意地の悪い綺麗な恋人』と本懐を遂げたかったのだ。――と、いう、ただひとつ。ささやかすぎる(新一・談)そのことに尽きる。

ああいう意味でもそう言う意味でも、兎に角『彼』を狙う輩は、掃いて捨てるほどにいる。その中で、一応自分を選んでくれた怪盗。そう簡単に誰かの手になど落ちるわけがないのは、世間的には好敵手と認められている自らが一番痛感していることだけど。それでも、心配になる。だって、彼は余りにも綺麗だから。その優美で清廉とした外見と反して、その中身がこの上なくタチが悪くても、それを補って余りあるほどに――いや、むしろそんな処さえも魅力のひとつだと思ってしまう辺り、相当終わってると思うのだけど。

そして、心だけでなくその身体も手に入れたいと願うのは、いくら現在『見た目小学生』であっても、頭脳は17歳の思春期の男としては至極当然のことだ。――見事にその試みは失敗に終わったのだが。

それにしたって。

 

「――お前、コナン相手の時と態度違いすぎねぇ…?」

藻掻きすぎて疲れきった声音で、自由な身の上でさえあれば容易に手が届く距離で、呑気に優雅に、時折ナイトテーブルの上に置いたミルクティーで唇を湿らせながら本などを読んでいる怪盗に声を掛ける。

少なくとも、コナンの時にここまで酷い扱いを受けた覚えはない。

 

「そりゃあ、当たり前でしょう」

小さな探偵さんは可愛らしいですけど、大きな探偵さんは、とても可愛いとは言い難いですから。

 

相変わらず、此方に視線さえも向けずにけろりと返される言葉。

それに探偵は少なからず、ショックを受ける。

この怪盗が殊の外、女子供に甘いのは知っていた。ついでに、子犬やら子猫やら鳩やら…小さくて可愛らしいモノを好むのも、既にそれなりに「お付き合い」をさせて貰っている期間で、既知のことだった。

だけど。

『工藤新一』よりも『江戸川コナン』のほうが好き。と、こうもキッパリと言い切られては、流石に「日本警察の救世主」と呼ばれ、その本質を知る者達には「心臓に毛が生えている」とか「傍若無人大王」とか呼ばれている探偵も凹む。

そして、そう言うときには働いて欲しくない知能が、駄目押しのように勝手に嫌な予測を立てる。

『……もしかして、俺が本当に元の姿に戻ったら――捨てられる…?』

江戸川コナンでいる時には、やはり色々と嫌がらせや意地悪をしてくるが、それでも不意打ちのように啄むようなキスを落としてくれたり、小さな腕の拘束にも微笑みながら収まっている怪盗。いつも理不尽だと思いながらも、結局何だかんだと我慢の限界一歩手前で甘やかしてくれるから、相手も自分に好意は持ってくれているのだと自負している。――の、だが。

もしやそれは、彼が「江戸川コナン」でいる間だけのことなのだろうか?

 

想像するだけで、血の気が退く。

その怖ろしい想像は、完全に否定できない辺りが笑えない探偵だった。

 

* * *

 

先程まではあの手この手で懐柔しようと姦しかった探偵が、不意に黙り込んでしまったのに気付いた怪盗が、ちらりと大きなキングサイズのベッドに並んで転がる探偵を伺い見る。

何かを思い詰め、蒼白な引きつった表情で懊悩している探偵は、此方の視線にも気付かないようだった。

体内時計が、あとほんの数分で、彼の飲んだ『クスリ』の効果が切れることを告げていた。

正直。キスやら、それ以上を求める小さな探偵の施す、こそばゆい「おイタ」や辿々しい抱擁、愛撫にはそこそこ応じてきたが、まさか危険な劇薬を隣家の少女に強請ってまで、そう言う行為に及ぼうとするとは思っていなかった。

――哀ちゃんに感謝v だな〜。

此処に降り立つ前に、挨拶代わりに隣家へと手製のお菓子と花を携えて寄った、その際に「貞操が大事なら、今夜は油断しないようにね。怪盗さん」と、素っ気なく、しかし心配げに告げられたのだ。

まあ、例え知らなくても早々に後れを取ったりはしない自信も実力もあるのだが、それでも予め情報を持っているほうが楽なことは確かだ。

着いた早々、いつにない気の使いようで歓待され、如何にも何か入っていそうなココアを出され、それが無駄だと分かれば今度はお得意の麻酔銃。そして、更に寝床に入った後に、隠し持っていた薬を飲んで手錠を手に迫ってきた探偵。本人にしてみれば真面目なのだろうが、どうにもその真摯さと切羽詰まった様相が滑稽に見えてしまう程度には、怪盗は余裕綽々だった。

 

――ルパンに襲われる不二子ちゃんって、こんな感じ?

 

平成のホームズと言うのには、少々詰めが甘すぎる計画を次々とかわして、現在に至る。

何だかグルグルとしている探偵を横目に、怪盗は呆れたように目を眇めて小さく溜息を吐いた。

端正な貌を引きつらせた探偵が何を考えているか、手に取るように分かってしまう。

それに人知れず、小さく笑った。

 

『平成のホームズ』『日本警察の救世主』『東の名探偵』などと、怪盗である自分同様、様々な大仰なふたつ名を持つ彼も、存外可愛らしい処もある…なんて。

小さな探偵の拗ねたり膨れたりする姿は、勿論大好きだが。

それはそれとして、クールで理知的と言われているであろう探偵の、こんな情けなくも子供染みた表情は、小さな探偵のそれ以上に珍しい、貴重なものだろうから楽しくて仕方がない。

 

時計の針はもう少しで、この探偵シンデレラの魔法が切れる時刻を差す。

 

サイズがミニマムになれば、今の探偵を拘束するジャストフィットの枷も、小さく細い腕から自然に外れるだろう。

そうしたら当初の約束通り、彼の恋人である『小さな探偵さん』と添い寝をしてやろう。

きっと、膨れて拗ねているであろう小さな恋人のご機嫌取りをせねばならないだろうが、それも魔法が解ける寸前にキスのひとつも贈ってやれば、少しは違うだろうか? なんて、考えてしまうくらいには、怪盗もこの恋人を気に入っているのだから。

 

この歳になってもまだ、好きな子に意地悪したくなる…なんて、自分も大概終わっていると思う。

 

「男って…哀しい生き物だよなぁ……」

ポツリと、疲れたような、途方に暮れたような、悲哀に満ちた声。小さな時と同じ台詞を、大きな体で切々と吐く探偵に、怪盗は今度こそ耐えきれずに、小さく吹き出した。

 

――でも、私はそんな貴方が好きなんですがね?

 

カウントダウン。胸の内だけでそう応えて、怪盗は変化の兆候が始まった『大きな探偵さん』に、微笑みながらそっと啄むような口付けを贈った。

 

 

 

 

 

QUIT.
2005.3.18. GUREKO


何か……ラブ米?(^▽^;)やっぱりコKだと「黒い」と言うよりも「プチ黒」な怪盗さんのようです。
探偵が元に戻った暁には、容赦なく「やっぱ、小さいほうが好きだったなー」とか言って、日本警察の救世主さんを思いきり凹ませて欲しいものです(ぇ)
暗い室内で体育座りで床に「の」の字を書いて、盛大に拗ねる工藤さん(迷宮無しの名探偵殿)…見たいなぁ(恍惚と)←マテ!

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