【誕生日ぷれぜんと・2】

 

 6月22日の朝だった。

 工藤新一は土下座をしていた。

 新一のベッドの上にしどけなく横たわる怪盗は、冷ややかな眼差しを探偵に向けていた。

「再試験? 寝言は寝てからお言いなさい」

 不機嫌に言い捨てて、億劫そうにベッドから身を起こすと、キッドはマントとスーツの上着を拾い

上げ、一瞬の早着替えで普段の一分の隙もない怪盗KIDの姿になり、顔も見たくないという風に部

屋を出て行こうとする。

「待ってくれ、キッド!」

 新一は慌ててその足に取り縋ろうとし、それに対してキッドは苛立ちを隠そうともせず閃光弾だか

煙幕弾だかを投げつける。

 ゴツンと良い音を立て、ソレは新一の額を直撃する。そしてそのまま床に落ちてごろんと転がった

。どうやら不発弾だったらしい。けれど威力は十分で、新一がデコを押さえてのたうちまわっている

内に、キッドの姿は消えていたのであった。

 

 

 

 無駄だと解かっていても、新一はキッドの姿を探した。

 初めて怪盗と対決した江古田の時計台、小さい姿で出会った杯戸シティホテルの屋上などなど、『

二人の思い出の場所』を探し回った。

 そして6月23日の朝。

 灰原哀は工藤邸の玄関で口から魂を飛ばして横倒しになっている探偵を発見した。

「あきれた…」

 哀の呟きに、新一の肩がぴくりと震える。

「怪盗さんなら、さっきまで阿笠博士の家にいたわよ」

「え……………な、なんで?」

 一瞬、本気で気が遠くなりかけ、ようやく新一はそれだけ問う。

 哀はふたたびため息をついた。

「忘れたのあなた。あの『教本』の作成には私も関わっているのだけれども」

「や、でも…。……だって、なぁ…」

 もしかしたら許してくれるかもしれないという望みを抱いていた新一が探していたのは、自分と怪

盗が会った思い出の場所たちであった。だというのに、キッドがいたのがそれ以外の場所で、おまけ

に丸一日中駆けずり回ったのに実は隣の家にいたという事実が、かなりショックだった。

「怪盗さんからの伝言よ。『愛想が尽きたから実家に帰らせていただきます』ですって。

 

あなたたち、いつの間に同居してたの?」

 そんなものは一切していない。新一はうつろな目をしたままブンブンと首を横に振る。

 

「まあ、それはどうでもいいけど、怪盗さんが拗ねるのも無理はないと思うわ。

 だってせっかくの誕生日に『初めてv』をあげようとしたのに、肝心のあなたが事件で約束をすっ

ぽかしたんですもの」

「…………………………た、たんじょうび?」

 ――って、誰の?

 ――まさかキッドの??

 ショックと疲労から新一は目を開けたまま気絶した。

 

 

 

 そして怪盗KIDの予告日。

 探偵の能力を全開にし、暗号を解読してKIDが途中で降り立つ地点を割り出した新一は、祈るよ

うな気持ちで怪盗を待っていた。

 やがて夜空を悠々と舞い、ひらりと優雅に降り立った怪盗は、探偵の顔を見ると不愉快そうに鼻を

鳴らし、ぷいっとそっぽを向いた。

「すまなかった、キッド。許してくれとは言えねぇが、もう一度だけチャンスをくれねぇか。このと

おりだ」

 躊躇うことなく地面に手をつく。自尊心の強い新一だったが、この恋人の前だとそんなものなどど

こかに吹き飛んでしまう。

 しかも自分は知らなかったとはいえ、恋人の誕生日をすっぽかしてしまったのだ。新一は探偵で、

事件があれば放っておけない性格をキッドを知っていて、でもだから許してくれというのは虫が良す

ぎる話だと判っていた。キッドが家で待っていると知っていたのだから、電話の一本でも入れればよ

かったのだ。でも、いざ事件を目の前にするとキッドが待っているという事も何もかもがすっとんで

しまい……このていたらくである。

 怪盗は、ふっと静かにため息をついた。

「名探偵。顔を上げていただけませんか? あなたが事件を放っておけない気性だと私は承知してお

りますし、そんな探偵のあなたが私は好きなのですから、その事でご自分を責めないでください」

 優しい言葉に新一は思わず泣きそうになりながら顔を上げ……そのまま硬直した。朗らかに微笑む

キッドの目はちっとも笑っていなかった。

「私が勝手に名探偵に『初めてv』を差し上げるのは自分の誕生日にしようと決めていて、勝手に盛

り上がっていただけですから。

 名探偵の青い情熱を全部ドンと受け止めようと思って身も心も準備万端で、それなのに名探偵は待

てど暮らせど音沙汰無く、私の誕生日は一分二分と遠ざかっていき、おかげで私は朝まで名探偵のベ

ッドの上で悶々とした体を持て余していたのも、全部全部私が勝手にやっていた事ですから。名探偵

はお気になさらずにいてくださって結構なんですよ?」

「ゴメンナサイ……」

 にこにこと笑いながら言うキッドに新一は心底震え上がり、再び土下座をした。

「あはは、おかしな方ですね。私は気にしなくても良いと言っておりますのに」

「いや、ホント、勘弁して下さい……」

 今にも泣き出しそうな様子の新一に、キッドは悪意の無いっぽい顔をして何か考えるような仕草で

顎に手を当て、こてんと首をかしげる。そして、何かを思いついたような、それとも思いついたフリ

をしているのか、わざとらしい仕草でポンと手を叩いて告げる。

「そこまで言うのでしたら、チャンスをさしあげましょう」

「ホ、ホントか!?」

「ええ。私としても愉しみにしていたコイビト同士のアレコレができないままなのは残念ですし。一

回、流れてしまっただけに、かえって期待感が煽られちゃったりしていますし」

 その艶っぽい流し目に、新一は思わずリアルな想像をしてしまい、赤面する。

 キッドの無意識のように人差し指で唇を撫でる仕草は、絶対に自分を挑発する目的でやっているの

だと新一は確信していた。まあ、確信していたところで、思いっきり煽られていたことには変わりが

ないが。

 ごくり、と喉が鳴る。

 このまま今夜は誕生日の夜の仕切り直しだと思い……けれどそのすぐ後に、別の意味で喉が鳴った

「なまじ期待感が高すぎて、名探偵の勉強の成果がイマイチだった場合、コイビトとして破局してし

まうかもしれませんね」

 一気にカラカラになった喉に、唾を飲み込む。ゴクリと喉の鳴る音。

 自慢ではないが怪盗以外の誰かと付き合った経験も、エッチの経験も皆無である探偵である。親か

ら無理やりされたちゅーはともかく(恋人がいるというのに)キスの経験さえまだない。

 キッドから渡された『教本』を恥ずかしさにのたうちまわりながら、それでも何度も読み返したも

のの、頭に血が上るとたちまち理性がプッツンいってしまう自分の性格を新一は良く知っていた。う

まく『教本』に倣ってちょめちょめする自信など、まったくといっていいほど無かった。

 蒼褪める新一に、さらにキッドは追い討ちをかけるように言う。

「私も愛するコイビトと別れるのは気が進みませんので、名探偵がお上手になってから『初めてv』

を差し上げることにいたします」

「…………は?」

「要するに、私以外の方相手に訓練を積み、その方に合格点を頂けてから、私といたしてくださいと

いう事です」

 平然とそう言うキッドに、新一は頭に血が昇る。

 新一を振り回すような言動を度々してきたキッドだったが、これはあまりにも酷かった。

 さんざん、好きだと告げた。愛しているのはオメーだけだと言い続けた。それなのに、その意味を

この怪盗はわかってくれていなかったのだろうか。コイビトなどといって付き合ってくれているのは

、単なる戯れだったのだろうか。

 別の相手を抱けという恋人の言葉に、新一は腹が立つと同時に悲しくなった。

 だというのに、キッドは新一の気持ちを知らぬ気に、にこにこと機嫌よさそうに笑っている。

「ちなみに私が名探偵の試験のお相手に指名するのは、『黒羽快斗』という名前の名探偵と同い年の

男性です。名探偵の事を邪険にしている中森警部が我が子の様に可愛がっておりますので、うまく立

ち回らないと猛烈な妨害を受けることになると思うのでお気をつけ下さい。ちなみに好きなタイプは

『怪盗KID』と『ヒゲのはえたオジサマv』だそうです。基本的にファザコンなんですね。工藤優

作さんなど、モロに好みのツボのみたいです」

 一歩的にまくし立てるようにそう言って、ぴっと写真を投げて寄こす。

 思わず受け取ってみると、どことなく自分に似た顔が、にかーっと陽気に笑ってVサインをしてい

る。

(や。ちょっと可愛いと思うけど。ムリだから! キッド以外の男相手になんて勃たないから!)

「その方を口説き落としてメロメロに惚れさせて、上手にちょめちょめできれば名探偵を認めましょ

う。

 あ、ちなみに私、コイビトに誕生日をすっぽかされた腹いせに、名探偵が一皮剥けてくるまでは会

わないことにすると決めましたんで。がんばってくださいね」

 そう言って、グライダーを広げる。

「はぁっ!? こ、こらっ! ちょっと待て、キッド!」

 このまま逃がしてたまるかと手を伸ばすが、マントの端をかする事さえ出来ず。

 

「――上手く出来たら『私の全て』はあなたのものですよ。名探偵」

 

 柔らかな囁きだけが耳をかすめていき。

 新一はそのままばったりと屋上に倒れこんだ。

(くっそー。オレはなんだってあんなわけわかんねーヤツに惚れちまったんだろうな)

 

 いくらそれがキッドの望みで、そうしなければ会ってくれないと言われても、恋人以外の相手と交

渉を持つなんて論外だ。

 でも会わないでいるなんて耐えられそうにないし、例えば探偵として怪盗の正体を暴くことができ

たとしても、彼が逢わないといったら本当に逢わないという事なのだ。きっと日常からも彼は姿を消

してしまうだろう。

 だったら怪盗が残していった唯一の手がかりである『黒羽快斗』なる相手に会うしかないのか? 

で、好きでもないその相手を『口説いて』『惚れさせて』『ちょめちょめする』? 無理無理無理。

そんな事は絶対に無理だ。

 けれど、ならばどうしたらいいのか混乱した頭ではちっとも思いつかず。

 新一は頭をかかえて、屋上の床をごろごろと転がる。

 

 

 

 

 ……無茶苦茶なその要求こそが、怪盗が探偵に送ることのできる最大の『プレゼント』であると、

新一が気付くのはまだまだずっと先の事であった。

 

 

 

END

 

なるはせ様コメント
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ちなみに上手くいった後も「工藤優作がモロに好みのツボ」という発言に悩まされることになる罠。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

灰子>素敵な黒怪盗をありがとうございました〜!

怪盗ご贔屓(至上?)サイト「ハルバル1412」の、なるはせ様より。何と黒怪盗な新Kを2本まとめて賜りましたっ!

普段ご自分のサイトのほうでは探偵×怪盗を書かれていないとのことで、ありがたくも当同盟にご寄稿いただきました。おおおお〜〜〜、ありがとうございます〜〜っ! ちなみにサイトのほうでは黒羽さんと怪盗(先代含む)超ご贔屓傾向で萌えを発信されておられます。

探偵を愛故にいびり倒す怪盗がお好きと仰るだけあって、いただいた2本のどちらのお話でも淡々と素っ気ない素振りを見せながらもその実、かなりラブい展開(というか裏事情)です。冷たい言葉で探偵を突き放しつつも、何だかんだと最終的には甘い…でも、しっかり黒い、という、ある意味理想的な、私のツボをピンポイント爆撃する萌え黒怪盗。怪盗にベタ惚れで健気な探偵さんにも胸がキュンキュンします。

なるはせ様…このたびは本当に、本当に素敵な萌えをありがとうございました…っ! また機会がありましたら是非とも、探偵×怪盗もお書きいただけると幸いに存じます(個人的な要望を押し付けてすみませんorz)

〈お戻りはブラウザバックで〉
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送