「なーーにを膨れてるのかな〜? ちみっこ探偵くんってば…」 クスクスと。楽しげに小さな笑いを洩らしながら、抱き締めた膝の上の暖かい――そして、小さな子供の背中を柔らかく、あやすように軽く叩く。 「……」 その行為自体を咎めることはなく。しかしムッツリと。不機嫌そうな表情を崩さない「探偵」が、抗議するように無言のままで「怪盗」を睨んだ。 「何がご不満で? 名探偵…?」 幼いまでも秀麗な、整った容姿。秀でた額に啄むように、聖職者の儀礼のように触れるだけの口付けを落とす。何処か面白がるような、チェシャ猫染みた微笑みは消さないままに。 案の定。腕の中の小さな生き物は。益々、その眉間に刻まれた皺を深くした。 「――ってんだろ…っ」 ぶすっと。膨れっ面をしたまま、不愉快そうに、拗ねたように睨み上げてくる。 「なぁに? ちゃんと言ってくれなきゃ分かんねーよ?」 「……テメー…っ」 クスクスと笑いながら、尚もそんな白々しい言葉を吐く。 その表情は、普段の『彼』の浮かべるものと違って、とても現在の外見に似合っていて。――本来の年齢であっても、怪盗にとってはそれは充分『年相応』なものだったのだが…何しろ相手は『悪い魔法使い』にこんな姿に変えられていてすら、自尊心の塊のようだったから。恐らく、他者には見せないであろう、そんな表情が見たくて。 つい、いつも彼を素直に喜ばすようなことは出来なくて、こんな他愛もない「嫌がらせ」をしてしまう。勿論、そんなことは相手も重々承知の上…なのだろうが。だからこそ、余計に癪に障るのだろう。しかし、それでもこの『タチの悪い恋人』を手放すつもりもないらしい、小さな紳士は。不機嫌さを前面に押し出しながらも、今日も怪盗の手の上で踊る。――元の姿に戻ったら覚えてろよ…と、キツイ蒼の双眸に決意をチラつかせつつ。 「名前っ!」 「名前がどうかしましたか? 探偵くん?」 「名前を呼べってんだよ、バーロー…!」 ――せっかく、ふたりっきりなのに。 半ば怒鳴るように。罵声のように。自棄のように告げられた『希望』は、そんなささやかなもので。うっすらと頬や耳が赤く染まっているのも、ご愛敬。怪盗にとっては、そんな生き物が可愛らしくて仕方がない。――双方の心の平安のために、絶対に口にしたりはしないけれど。 「名前…ねぇ……」 視線を腕の中の小さな生き物から僅かに外し。怪盗は焦らすように遠くを眺めながら、歌うように呟く。 『逃がすまい』という、無言の決意表明のように、怪盗の纏う白のスーツの腕を掴む、小さな手に力が篭もる。まるで急かすように。――請うように。 それに口元に浮かぶ笑みを深くしながら。怪盗は、微かに眇めた、その煙るような群青の瞳を、視線を、目の前の相手に殊更ゆっくりと戻した。
歌うように。――そう、正に歌うように。 期待に胸躍らせる探偵の眼前で、嫣然と、優美に微笑む怪盗の唇が紡ぎだしたのは…。
「――寿限無、寿限無、五劫の擦り切れず、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末…」
「…っ!! 誰が落語をしろと言ったーーーーーっ!!」
一瞬、ポカンと呆気に取られ。 それから漸く我に返った探偵の、その小さな身体の何処から出るのか? と、いう。実に大きな(しかし何処か哀しげな)罵声が、辺りに響き渡った。 「や…だって、名探偵ってば「誰の名前」とも言わなかったじゃん? だから取り敢えず、俺の知ってる一番長い名前をね…?」 ――お気に召さなかった? んじゃ、世界で一番長い都市名かなんかはどう? 「ちげーだろっ!? つーか、お前わざとだろ!! じゃなきゃ、この耳は飾りかっ!?」 「おやおや…これ以上褒められても、何も出ませんよ?」 肩を竦めて苦笑を浮かべれば。 「褒めてねぇっ!!」 速攻で『お約束』のツッコミが入る。 うーーん、やっぱりこうでないとねぇ。なんて、怪盗は心のうちで満足げに頷いて。 「嫌だなぁ…人聞きの悪い。――単に話を合わせてないだけじゃないですか」 しれっと応えた。 「尚更タチが悪りーんだよっ! このバ怪盗っ!!」 「日本語と言う言語は、実に、難しい、です、よ、ねぇ…っ?」 ニコリ、と。いっそあっけらかんとした、まるきり悪びれない表情で。しかし目の前の小さな頬を指先で摘み上げながら(小さな生き物の台詞に、怪盗にとってのNG WORDが含まれていたためだ)怪盗は爽やかな笑みを浮かべたまま、そう嘯いた。
「――も、いい…」 まるで埒のあかない対話にゼエゼエと息を切らし。肩をいからせて。しかし、脱力するように肩口に懐く、小さくとも秀麗な顔を覗き込めば。頬を抓られたせいだけではなさそうな、少しばかり涙目な蒼の双眸。 さしもの怪盗も僅かながら――あくまでも、本当に僅かではあるものの、『ありゃま、ちみっと苛めすぎた?』なんて、ほけほけと思う。 「…男って、悲しい生き物だよな……」 挙げ句に、そんなオヤジの悲哀めいた言葉を「見た目は小学生」の口元が、自嘲気味に乾いた笑いと共に口にするのだから。 ――いや、こんなヤツだってのは分かってたんだけどな…ホント、世の中って不条理だぜ…。探偵は尚も、大人しく怪盗の腕に収まったまま、何処か虚ろに遙か遠くを見据えた。
「…私はそんな貴方が好きですけどね?」
流石に苛めすぎた――と、取りなすように、懐柔するように。殊更甘い、猫なで声のような響きで、柔らかいテノールが告げる。同時に唇に落ちる柔らかな暖かい感触に、探偵の知性は甚だ理不尽だと抗議していても、やはり男としての感情は率直に浮上してしまうのも確かで。
――嗚呼。斯くも恋愛とは、人間を愚かにしてしまうものか!
理性では、怒るべきだと思っているのに。 感情は、口元は。こんなに見え見えの『ご機嫌取り』にすら、自然に緩んでしまうのだから、本当に困る。 ――いやいや…本当に恋愛沙汰ってのは、甚だ『対等』とはいかないものだ。関西人が出逢った直後に「ボケ」と「ツッコミ」を互いに読み会うように。恋愛沙汰に於いても、人々は互いの立場を推し量る。――即ち、『惚れたほうが負け』という、実に単純明快かつ、非情なルール。
「ホント…男って悲しい生き物だよなぁ〜〜」
懸命に不機嫌さを保とうとしても、触れられる熱と、今度こそは嘘ではない(…はずだ)囁きに、自然と緩む口元。 客観的に見れば、情けないことこの上ないが。
「……元に戻ったら覚えやがれよ…?」
低い声で、精一杯の威嚇をしてみても。 案の定。目の前の奇跡は余裕綽々の笑みを崩さず。
「今の会話を覚えていること自体は、別段吝かではありませんが…?」
言外の意味を間違いなくしっかり把握していながらも、怪盗はただクスクスと笑み、サラリと受け流した。
QUIT. 2005.1.16. GUREKO
……すみません。「ちゃんと名前で呼べよ!」と切実に訴える探偵に「じゅ〜げ〜む〜〜じゅ〜げ〜むぅ〜〜♪」と、にっこりとカウンターで返す「黒い恋人(笑)」な怪盗が書きたかっただけでして、メイタンテイ…(^▽^;) |
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